「生物産業界を担うプロフェッショナル育成」:九州大学大学院生物資源環境科学府

割石

新春雑感

あけましておめでとうございます。


新しい年を迎え、新たな自らの目標に向かって走り出した人、ますます悩みが大きくなり立ち止まっている人・・・、色々な人が集まっている場所が大学(院)ですよね。

止まっていても走っていても、自らの行動の動機付けと意義付けはやはり大事ですよね。


さて、私も新年を迎え、旧年中の振り返りと新たな課題の設定をせねばと思っております。



その前に徒然なるまま(普段は時間がないので、年末年始の時間は神様がくれたプレゼントのような気がしています)物思いにふけっておりました。そんな折り、「シリーズ日本と朝鮮半島 2000 年」が NHK 教育で集中再放送されました。その第 3 回で「 仏教伝来 〜渡来人がもたらした飛鳥文化〜」が紹介されました。



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今、日韓の歴史研究者たちが熱い視線をおくる発掘現場がある。韓国南西部、百済の古都プヨ(扶余)にある 6 世紀の王興寺跡だ。2007 年 10 月、この発掘現場から 1430 年前の金・銀・青銅の舎利容器が入れ子状で発見された。舎利容器に刻まれた文字から、王興寺は百済王の発願で 577 年 2 月に創建されたことが判明。

一方、「日本書紀」によると、同じ年の 11 月に百済から造仏工や造寺工(工人)が日本に送られたとされる。日本最古の寺院、飛鳥寺(別名・法興寺)は 588 年に百済から仏舎利が届いて造営を開始した。今回の発掘で出土品や伽藍の配置(1 塔 2 金堂)などから二つの寺を結ぶ深い繋がりが浮き彫りになり、百済と倭国の仏教交流の全容が明かになろうとしている。

また、飛鳥寺のある奈良県明日香村で、昨年の春、渡来系豪族の古墳や寺跡の発掘調査が行われた。国内最大級の巨大な石室、氏寺跡から出土した仏像の一部などから、ヤマト王権における渡来人の役割と仏教との関わりが改めて注目を浴びている。《ここまで NHK 番組 HP より》


百済で国民の意識を高揚し、癒しを与える目的で建立された超巨大な「弥勒寺(東京ドーム 7 個分のでかさ!)」創建の 10 年後に国内最大級の「百済大寺(九重塔があったそうです)」が創建されたのも王興寺 / 飛鳥寺建立と同様の経緯を感じさせます。当時の日本での寺院名は、地名に寺を付すものでした。おそらく、明日香村の北西部には、百済工人が大勢暮らし、百済村を形成していたのではと思わせます。

当時の朝鮮半島では、百済、新羅、高句麗の 3 国が覇権争いをしており、また隋の台頭がめざましく、争いの絶えない時代でした。百済は自国の発展を目指し、海を渡りヤマトの国に仏教をツールとした外交政策をとったのでしょう。仏教スタイルの確立には寺や仏像が必須であり、我が国にない技術導入が重要な外交ツールになったのだと思います。

蘇我氏は、仏教と政治の結びつきに着目し、ヤマトの地に一気に仏教が広まっていったとむかしむかしに教わったような記憶があります。

そこに登場した聖徳太子は、百済との関係だけでなく、仏教外交として多元的外交政策をとり、遣隋使を送り込んだのも有名な話です。


番組を見ながら、まさに現在の東アジア共同体やアジアグローバリゼーションのことを考えたのは私だけではないと思います。仏教という外交ツールは現代と異なるとは言え、まさに東アジア共同体構想そのものではないでしょうか。大陸文化の本格的な移植には、遣隋使と同行した長期留学生に負うところが多かった言われています。

グローバル 30 プログラムには農学部も強く関わっていきます。九大国際教養学部構想の具体化も加速されると思います。受け入れるだけでなく、我々も(学生も)どんどんアジアに出て行く時であるように感じました。

我々には仏教という外交ツール(共通目的)はありません。全体発展に向けたプラットフォームを考えること、感じることこそ、次世代のアジア共同体構想を具体化するために最も重要なことであるように思いました。

聖徳太子の多元外交政策のすごさを改めて感じました。ちなみに彼の側近の 3 名は、それぞれ百済、高句麗、新羅からの渡来人からだったそうです。東アジア国政情報の収集に役だったに違いありません。また、戦乱の朝鮮半島の実情を考えると、何とバランス感覚でしょう。

国際化という言葉の持つ意味を再考させられました。


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もう一つ、この新たな日韓関係の歴史が証明される中、本コース企画として、奈良女・九大 院生協働企画「多角的視点からの Challenge ~あすか今昔物語~」が開催されました。

明日香を舞台に、奈良女の大学院生と生物資源環境科学府院生がそれぞれの専門を活かした協働企画を行ったものです。

この中で院生達が一番学んだことは、うまくいったこと、うまくいかなかったことを含めて、「コミュニケーション」だったかなぁと感じています。国(大学)の中ではうまくいくことが国と国(大学間)ではスムーズに進まない、なんてことを肌で感じてきたのだと思います。

飛鳥時代にアジアグローバリゼーションの中心であった明日香の地で、コミュニケーションに四苦八苦しながら、一つのことを成し遂げた企画だったのだなぁと思うと、感慨一入です。


異文化コミュニケーションはやってみなければ分からないことが山積です。

インターンシップも含めた本コースの講義で、色々な体験を積んでみることは、きっと皆さんに有形無形の財産となって還ってくると信じております。

支援室では皆さんのもう一歩を全力サポートします。それがまた我々教職員の成長にも繋がると信じて・・・。


支援室長 割石





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