「生物産業界を担うプロフェッショナル育成」:九州大学大学院生物資源環境科学府

内田

コンセプチュアルスキル・競技ディベート観戦記


ディベート観戦記




さてさて。

受講者には「コースワーク」に掲載しますね☆ とお伝えしておりましたが、ラフな感じで、支援室ブログに掲載することにしました。

試合タイトルについては、来年度も、もしかすると同じテーマになるかもしれないので、イニシャルで記載しますね。

各チームごとに整理したものを添付しているので、振り返りの際、参照ください!


チームとして良かった点、悪かった点.pdf



コンセプチュアルスキル・ディベート大会も無事終了しました。

当たり前ですが、この講義ではディベートを学んでほしいわけではありません。ディベートというルールを通じて、「推論」の楽しさや難しさ、多角的視点(リフレーミング)の重要性を感じてもらえれば・・・、と思っています。

それで。

あと、もう一つあるんですね。テーマのひとつに「農学」と関連深いものがありましたよね。

皆さんにとって、そのテーマは「正しい」か「正しくないか」という評価ができるものだったのではないでしょうか。

実は、実施前アンケートを見ると、全員が同じ主張を持っていたのです。

それでも、肯定・否定に分かれてのディベートをするテーマとして選びました。


それは、なぜかと言いますと・・・。


大学院の生活を終えて、次のステップに進み、周囲との協働を図ろうとするとき、同じバックグラウンドを持つ人の方が圧倒的に少ない状況になります。

科学的知識があれば「当然」のことかもしれません。

でも、周りの人にとって、それは「当然」ではないわけです。


さて、それではどうしましょう?


一番簡単なのは「相手に知識がないから」と言ってしまうことです。

でもそれは、知識のある人が「責任」を持って話ができるときだけです。さらに、知識がない人が、それを認め、知識のある人を信頼したときです。

これだと、「先生」と「生徒」のような感じですよね。対等な関係を築いているとは言えないように思います。


だから、私たちはコミュニケーションを取る際に、できるだけ相手に沿った話し方をしたいと感じるわけです。

そして、相手が「何を」信頼していないのか。「なぜ」科学的に理屈の通らない結論を望んでいるのか。

その理由を考え(あるいは感じ取り)、一緒に進む努力をすべきなのではないでしょうか。


これって、学んできたことに対する「責任」のように思います。

専門知識は細分化されているし、○○の専門家という人は大勢います、が・・・。

じゃあ、○○の専門家が言っていることが全部「正しい」かどうかは、誰場判断できるか、というと大変難しいことです。

政策や環境問題、国境を越えた問題は、そこかしこにあります。

それらの問題は、複雑に絡み合って、本質も見えづらいようなものばかりです。あちら立てれば、こちらが立たずのような・・・。


そんな中、異分野の専門家や市民、誰しもが問題の本質を理解し、考え、歩んでいくためには、対話ってとても大事なんじゃないかな。



ちょっと長々と書いてしまいましたが、そんな思いで講義設計を考えています。

何かを感じ取っていただければ幸いです。









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